新種牡馬タリスマニックへの期待

       

 内国産馬の著しい資質向上に伴い、種牡馬も自前での調達が可能になったのが昨今の日本で、近年はそれほど多くはなかったのが輸入種牡馬の導入だった。だが、ここ2年ほど若駒のマーケットが好調に推移したことを受け、今年は10月に入る頃から続々と「海外から種牡馬導入」のニュースが聞こえてきた。 

 中でも、飛び切りのビッグニュースにしてグッドニュースだったのが、1122日にダーレー・ジャパンから発表された、タリスマニック導入決定の一報であったと思う。

 シェイク・モハメドの生産組織ダーレーが生産し、シェイク・モハメドの競馬組織ゴドルフィンが所有したタリスマニックだが、実は、母のマジックミッション(父マキャヴェリアン)も、祖母ドリームチケット(父ダンジグ)も、シェイク・モハメドの兄マクトゥーム・アル・マクトゥームの競馬組織ゲインズボロウ・スタッドの生産馬で、いずれもマクトゥーム・アル・マクトゥームの服色を背に走った馬たちだった。すなわち、近代国家としてのドバイの中興の祖である一方で、稀代の馬産家でもあるマクトゥーム・ファミリーによる、ホームメイドの名馬がタリスマニックなのである。

 

 ニューマーケットに拠点を置く伯楽マイケル・スタウトの管理馬として1勝を挙げたドリームチケットは、4歳の春に繁殖入り。初年度こそ不受胎に終わったものの、2年目からの16年間で14頭の子供を出産した、優秀な繁殖牝馬であった。

 マキャヴェリアンを交配されて、98年に生まれたドリームチケットの初仔がマジックミッションで、仏国の伯楽アンドレ・ファーブル厩舎に入厩した同馬は、2歳の530日に早くもシャンティーのメイドン(芝1000m)でデビューを果たしている。

 能力は高いものの、いささか勝ち味に遅いところがあったのがマジックミッションで、デビューから6戦を消化した段階で未だ勝ち星はなかったものの、一方で、極端な道悪になったデビュー3戦目のドーヴィルの条件戦(芝1200m)で着外に敗れた以外は、全て4着以内に入る堅実性を発揮していた。

 ここでファーブル師はマジックミッションをシャンティーのG3クロー賞(芝1800m)にぶつけたところ、勝ち馬プルーヴから頭差の2着に入り、重賞でも戦える能力があることを示している。

 3歳シーズンを終えると、北米西海岸を拠点とするニール・ドライスデール厩舎に転厩。

 北米でも大崩れをしない特性を存分に発揮しつつ、12月にはG1メイトリアークS (芝8F)で勝ち馬ドレストゥスリルから11/2馬身差の3着に好走。そして、57月にハリウッドパークのG3ロイヤルヒロンS (芝8f)を制し、待望の重賞初制覇を果たした。

 母マジックミッションの戦績を長々と記したのは、同馬が非常に仕上がりが早かった点や、マイルの重賞を勝つスピードを持っていた点を、強調したいがゆえである。

 

 6歳の春に繁殖入りしたマジックミッションは、翌春に初仔となる父ラーヒィの牡馬を出産。これを皮切りに、18年に産んだ父インヴィンシブルスピリットの牡馬まで、14年間で12頭の産駒を生むという、母マジックミッション同様の多産ぶりを発揮している。

 初年度の交配相手がラーヒィだったことは記したばかりだが、2年目以降に同馬が産んだ産駒の父親を列記すると、06年がフォレストリー、07年がエーピーインディ、08年がシングスピール、09年がオーソライズド、10年がピヴォタル、不受胎を1年挟んで、12年がメダグリアドーロと、毎年のように交配相手が変わっている。ところが、メダグリアドーロの子を産んだ12年春には、再びメダグリアドーロが交配されているから、想像するに、12年に生まれた産駒の出来が、それまでになく良かったのだろう。その結果、13年春に生まれた父メダグリアド―ロの牡馬が、後のタリスマニックとなったわけで、結果的にこの配合戦略は大成功することになった。

 

 メダグリアドーロ(父エルプラド)は、トップラインをさかのぼるとサドラーズウェルズからノーザンダンサーに至り、父エルプラドの母の父もサーアイヴァーであるからして、メダグリアドーロの血統表の上半分は、完全なるヨーロッパ血脈である。

 メダグリアドーロの母カプチーノベイ(父ベイルジャンパー)は、2歳時から5歳時まで北米で24戦したが、このうち13戦が芝のレースで、11戦がダートのレースだった。通算で5勝したうち、唯一の特別制覇となったのが、ロングエーカーズのダート6.5f戦マーサーガールズSで、3着に入着を果たした。

 ゴールデンゲートの特別ヴァレホSもダート6f戦だった。その一方で、5勝のうち4勝は芝の5.5f 8.5f 戦で挙げていたから、カプチーノベイは完全なる両刀遣いであったと言って良さそうだ。

 そして、カプチーノベイの父系2代目はダマスカスだから、そこに流れているのは北米のダート血脈である。

 

 メダグリアドーロは、西海岸の伯楽ボビー・フランケルの管理馬として212月にデビュー。3歳時には9戦し、G1トラヴァーズS (d10f)など3重賞を含む4勝を挙げた他、G1ベルモントS (d12f)がサラヴァの2着、G1BCクラシック(d10f)がヴォルポニの2着。4歳時は5戦し、G1ホイットニーS (d9f)など3重賞を制した他、G1BCクラシック(d10f)がプレザントリーパーフェクトの2着。5歳時は2戦し、G1ドンH (d9f)を制し、G1ドバイワールドC (d2000m)が再びプレザントリーパーフェクトの2着だった。

 ほとんどのレースにおいて、逃げるか、好位から抜け出す競馬をしており、直線でスピードの高い持続性を発揮して好成績を収めた馬であった。

 前述したように、父系はバリバリの欧州血脈で、母は芝の4勝馬だったが、ボビー・フランケルはメダグリアドーロを一度も芝のレースには使わず、生涯で走った17戦は全てダート戦だった。

 

 メダグリアドーロは05年にケンタッキーのヒルンデイル・ファームで種牡馬入り。06年に生まれた初戦度産駒からいきなり、G1プリークネスS (d9.5f)、G1ハスケル招待(d9f)、G1ウッドウォードS (d9f)を含む5つのG1を制し、全米年度代表馬となった女傑レイチェルアレグザンドラ、G1エイコーンS (d8f)勝ち馬ギャビーズゴールデンギャル、G1カーターH (d7f)勝ち馬ウォリアーズリワード、そして、ジャストアゲイムH (芝8f)を制したシーエスシルクらが出現。大物を輩出し、なおかつ芝の活躍馬も出す万能型の若手種牡馬として、一気に名を挙げることになった。

 これを見てすかさず動いたのが、当時種牡馬のラインナップを充実させることに腐心していたシェイク・モハメドで、10年からメダグリアドーロはダーレーの北米の拠点であるジョナベルファームに移籍することになった。

 その年からオーストラリアにシャトルされるようになったメダグリアド-ロは、現地における2年目の産駒から、G1ゴールデンスリッパーS (芝1200m)を制して2歳チャンピオンとなったヴァンクーヴァーが出現。日本でも、持ち込みのエーシンメンフィスがG3愛知杯(芝2000m)を制している。

 その後も続々と活躍馬を送り出したメダグリアドーロだったが、13年に生まれた8世代目の産駒から、タリスマニックの他にも、通算成績1513勝、圧倒的なスピードを武器に9つのG1を制した名牝ソングバードが出現。これを受け、メダグリアドーロの種付け料は18年に25万ドルに上昇。30万ドルのタピットに続き、北米供用種牡馬では2番目に種付け料が高額な種牡馬となっている。

 

 タリスマニックは、母マジックミションも管理したアンドレ・ファーブル厩舎の所属となり、27月にデビュー。

 35月にサンクルーのLRラブレ賞(芝2400m)を制して2勝目を挙げると、次走はG1ジョッケクルブ賞(=仏ダービー、芝2100m)に挑み、この年の欧州チャンピオン・アルマンゾルの4着に好走している。

 本格化したのは4歳シーズンの後半で、177月にサンクルーで行われたモーリスドニュイ賞(芝2800m)を、その後G1メルボルンC (芝3200m) 2着などの実績を残すマーメロを2着に退けて制し、待望の重賞初制覇。続くG2フォワ賞(芝2400m)で3着になると、ファーブル師は、目の前にあったG1凱旋門賞(芝2400m)という目標を回避し、この年は西海岸のデルマーが舞台だった北米のG1BCターフ(芝12f)に照準を絞る決断を下している。

 おそらくは、ロンシャンよりもデルマーの馬場の方が合うとの目算があったのであろう。

 そして、伯楽の読みは見事に的中し、このレース連覇を狙っての出走だったエイダン・オブライエン厩舎のハイランドリールや、地元北米の代表格ビーチパトロールらを封じて、タリスマニックは見事にBCターフ制覇を果たしたのだった。

 道中5番手から、ペースが上がった3コーナーでは鞍上のミカエル・バルザローナがぐっと堪えて追い出しを遅らせ、直線で強烈な末脚を発揮して一気に差し切った競馬は、圧巻のひと言に尽きる。その切れ味の鋭さを、皆様もぜひ映像をご確認いただきたいと思う。

 この日のデルマーの馬場は、タリスマニックにとって初体験となるFirm で、そこで生涯最高のパフォーマンスを演じたということは、同馬がクイックな馬場に対する極めて高い適性を保持することを意味している。

 続いて出走したシャティンのG1香港ヴァーズ(芝2400m)でも2着に入り、2400m路線では世界でもトップクラスの能力を持つことを改めて実証。ちなみに、17年の世界ランキングでタリスマニックは、芝の距離コラム「I」部門(10.5f 13.5f)で、欧州調教馬としてはエネイブル、クロスオヴスターズに続き、ジャックホブスと横並びで第3位にランクされている。

 5歳春にはドバイに遠征してG1ドバイワールドCに挑んだが、ダートがこなせずに9着に敗退。これでリズムが崩れたか、ドーヴィルのG3ゴントービロン賞(芝2000m)を制したのが、5歳時における唯一の勝ち星となった。

 

 欧州競馬の王道である2400m路線でトップホースとして君臨した「重厚さ」と、硬くて速い馬場でこそ本領を発揮した「軽快さ」を、兼ね備えているのがタリスマニックだ。

 そして、タリスマニックの配合表を俯瞰すると、日本競馬への高い適性が浮かび上がってくる。

 まず言及したいのは、母の父として持つマキャヴェリアンだ。ヴィルシーナ、シュヴァルグラン、ヴィブロスと3頭のG1勝ち馬の母となったハルーワスウィートや、ヴィクトワールピサ、アサクサデンエンと2頭のG1勝ち馬の母となったホワイトウォーターアフェアは、いずれもマキャヴェリアンの直仔である。日本の競馬との相性が非常に良いのが、マキャヴェリアンの血脈なのだ。

 タリスマニックが持つ「軽快さ」を強調したいのなら、そのマキャヴェリアンや、タリスマニックが祖母の父に持つダンジグを活かした配合を試みれば、高い確率で目論むような産駒が誕生するはずだ。

 更に心強いのが、マキャヴェリアンの母の父としてヘイローを保持する点である。サンデーサイレンスを通じて日本の馬産界に絶大な影響を残したヘイローの血も、日本で供用される新種牡馬タリスマニックの成功を後押してくれるはずだ。

 そして、タリスマニックの牝系をさかのぼると、同馬の4代母は、誰あろうディープインパクトの祖母として日本でもよく知られているバーグクレアなのだ。同馬の母ハイクレアは、女王陛下の自家生産馬として英千ギニー、仏オークスを制した歴史的名牝であり、すなわちタリスマニックは、ヨーロッパでも有数の超名門ファミリーの出身なのだ。

 ディープインパクト牝馬にタリスマニックを交配し、ヘイローやバーグクレアのインブリードを作るというのも、興味深い試みと言えよう。

 

 様々な可能性を秘めた新種牡馬が、タリスマニックだ。初年度産駒がデビューする2022年の夏が、待ち遠しくてたまらない思いである。

 合田直弘