ザール産駒からG1勝ち馬誕生!

香港からグッドニュースが飛び込んで来た。北海道のダーレー・スタリオンコンプレックスで供用中の種牡馬ザールが欧州に残して来た産駒のエクステンション(牡4)が、4月25日のイースター・マンデーにシャティン競馬場で行なわれたG1チャンピオンズマイル(1600m)で、優勝を飾ったのである。

アイルランド産馬のエクステンション(母グレートジョイ、その父グランドロッジ)は、昨年夏まで英国のランボーンを拠点とするクライヴ・コックス厩舎に所属し、欧州で競馬をしていた。

 2歳5月にグッドウッドのメイドン(6f)でデビュー勝ち。続くロイヤルアスコットのG2コヴェントリーSで2着となった後、グッドウッドのG2ヴィンテージS(7f)を制して重賞初制覇を果たした。更に、英国で2歳チャンピオン決定戦の位置付けにあるニューマーケットのG1デューハーストS(7f)でも、3着に入る健闘を見せている。

 3歳春も、休み明けの”ぶっつけ”で臨んだクラシック第一関門のG1英2000ギニー(8f)で4着に入着した他、フランスに遠征してシャンティーのG1ジャンプラ賞(1600m)でも3着になるなど、07年生まれの欧州マイラー陣にあってトップクラスの実績を誇った馬だった。

 その後、香港に移籍し、ジョン・ムーア調教師の指揮下に入ったエクステンションは、昨年12月から香港におけるキャンペーンを開始。まずは足慣らしとしてクラス1のハンデ戦を2戦し、4着、2着の成績を挙げた後、1月23日の香港G1香港クラシックマイル(1600m)が2着。続く2月20日の香港G1香港クラシックC(1800m)が4着、3月20日の香港G1香港ダービー(2000m)が2着という成績で迎えたのが、4月25日の国際G1チャンピオンズマイルだった。

 すなわち香港移籍後、一度も着外がないという堅実な成績を残しながらも、勝ち切れない競馬が続いていたのだが、欧州からの移籍馬が、あの香港独特の湿気の多い気候や風土に順応するには、ある程度の時間を要するのは致し方のないことだ。

 移籍後6戦目となったチャンピオンズマイルの1600mという距離は、欧州時代のパフォーマンスから判断すると、エクステンションにとってベストの舞台だった。

 その一方で相手関係は、香港移籍後に走ったレースの中では桁違いにタフだった。まずイギリスから、前走ドバイでG1ドバイデューティーフリーを制しているだけでなく、09年のG1クイーンエリザベス2世Cを制してシャティン競馬場との相性の良さも実証していた古豪プレスヴィス(セン7)が参戦していた。フランスからは、昨年12月のG1香港マイルで3/4馬身差の2着と惜敗したリベンジを果たすべく、ロイヤルベンチ(牡4)が馳せ参じていた。そして南アフリカの魔術師と呼ばれるマイク・ドゥコック調教師が、昨年のG2UAEダービーの勝ち馬で、今春もG2マクトゥームチャレンジ・ラウンド3でトゥワイスオーヴァーの2着に食い込んでいるムシール(牡4)を送り込んでいた。

 地元香港勢も、昨年のG1香港マイル勝ち馬ビューティーフラッシュ(セン5)、1月の香港G1香港クラシックマイルでエクステンションに1馬身1/4差先んじて優勝していたラッキーナイン(セン4)、07年・10年とこのレースを2度制しているエイブルワン(セン8)など、錚々たる顔触れを揃えていた。

 エクステンションは香港における初勝利を、これだけのメンバーを相手に手にしたのだ。欧州在籍時の実績を考えれば、勝って全く不思議のない馬であるが、それにしても、道中中団から堂々と差し切ったレース振りは見事であった。

 2着は、同じ4歳世代のラッキーナイン(セン4、父ドゥバウィ)だった。前走G3香港マカオトロイフィーで重賞初制覇を果たしたばかりだったスパークリングパワー(牡4)も5着に食い込んでおり、今年の香港における4歳マイラー陣は、相当に強力だ。香港のマイル戦線は、07年から09年にかけて香港マイル3連覇を果たしたグッドババを筆頭に、長らく古豪が支配する時代が続いていたが、強力な4歳世代が一気に世代交代を成し遂げたと言えそうだ。

 ちなみに、2着に入ったラッキーナインは、ダーレーの生産馬だ。その母ビールジャント(父グリーンデザート)は、現在北海道のダーレーに居て、今年3歳世代のレディオブパーシャ(牝3、父シャマダール、西浦勝一厩舎)は、ラッキーナインの半妹にあたる。ビールジャントの産駒は、2歳と1歳がいずれも父ストーミングホームの牡馬で、今年は父ルールオブローの牝馬が生まれている。

 そして、見事にG1チャンピオンマイルを制したエクステンションの父は、冒頭で記したように、現在北海道のダーレーで繋養されているザール(その父ザフォニック)である。

 ザールは、エクステンションが3着だったニューマーケットのG1デューハーストSの勝ち馬なのだが、英国における2歳チャンピオン決定戦と言われるこのレースを、ザールほど鮮やかに勝った馬を、私は他に見たことがない。フランスのアンドレ・ファーブル厩舎の所属馬として、オリビエ・ペリエ騎手を鞍上にデューハーストSに臨んだザール。道中は馬群中団に控えていたのだが、ペリエ騎手が外に持ち出して追い出しにかかると、一瞬のうちにトップスピードに乗り、そこから発揮した瞬発力のなんと凄まじかったことか!

 2着馬タマリクスに付けた着差が7馬身!! タマリスクとて、デューハーストS出走当時は3戦無敗という超期待馬で、翌年にはヘイドックのスプリントG1スプリントCを制した超一流馬である。そのタマリクスを瞬時にして置き去りにしたザールの脚は、アンドレ・ファーブル師をして「(全欧年度代表馬となった)父のザフォニックより上」と言わしめたほどであった。

 当然のように、97年の欧州2歳チャンピオンとなったザールだが、ヨーロピアン・クラシフィケーション(現在の欧州2歳サラブレッドランキング)で獲得したレーティングは、127であった。翌98年以降、欧州2歳サラブレッドランキングで、これを越えるレーティングを獲得した2歳馬は、ただの1頭も現れていないのだ。01年に世界4カ国で2歳G1を制したヨハネスブルグも、07年に2つのG1を含めて5戦5勝の成績を残したニューアプローチも、そして、10年にG1デューハーストSを含めて4戦4勝の成績を挙げたフランケルも、レーティングは126。ザールよりは下という評価だったのである。

 ザールはまた、4歳となった99年に、10fのG1エクリプスSで僅差の2着、現在ではG1に格上げされているロイヤルアスコットのプリンスオヴウェールズS(当時G2,10f)でも3着に健闘している。古馬になっても活躍出来る成長力と、距離に対する融通性も持っていた馬であったことを、ぜひ付記しておきたいと思う。

 これだけの競走能力を誇り、かつ、牝系は、エルグランセニュール、トライマイベスト、スピニングワールド、リドゥーツチョイス 、カジノドライヴらと同系という、名門の出身である。種牡馬として必ずや大物を出すはずと注視していたら、遂にエクステンションというG1ホースが送り出された。

 仕上がりが早く、スピードがあって、かつ、類い稀な切れ味を誇ったザール。シャトルで繋養されたオーストラリアでも重賞勝ち馬を出して、固い馬場への適性の高さも示しており、まさに、日本の競馬で勝ち抜くために必要な素養を、完璧なまでに兼ね備えた種牡馬と言えよう。

 ザールの日本における初年度産駒は、今年2歳を迎えている。父の持っていた瞬発力を受け継いだ産駒の出現を、心待ちにしたいと思う。

 同時に、エクステンションの走りを、ぜひ日本で見てみたいとも思う。エクステンションは、6月に行われるロイヤルアスコットのマイルG1クイーンアンSに登録があり、ムーア調教師はそこで、ゴールディコーヴァやキャンフォードクリフスといった、欧州トップマイラーと戦うことを望んでいると伝えられている。それだけの能力はある馬だとは思うが、しかし、せっかくアジアマイルチャレンジの第3戦を制したのだ。次走はシリーズ第4戦の安田記念という選択肢が、あっても良いはずである。また秋には、オーストラリアに遠征して2040mのG1コックスプレートに向かうというプランもあるようだが、それなら、日本に来て天皇賞・秋からマイルCSの路線を歩んで欲しいというのが、日本のファンの願いだろう。

合田直弘